So-net無料ブログ作成
検索選択

どくろ杯 [book]

どくろ杯

どくろ杯


金子光晴『どくろ杯』(中央公論新社))[bitway][amazon]

泥沼の底に眼を閉じて沈んでゆくもの
詩人・金子光晴は、1928年、妻であり作家でもあった森三千代を連れ、上海へと渡った。
当初の目的地は、金子光晴が二十代の頃に単身で旅行したヨーロッパだったが、この森三千代との旅は、困窮の連続で、ようやくパリに至るまで実に約2年を要し、そして1932年に日本に帰国するまで、最初の上海旅行を含めると、なんと7年にも及ぶ、長き放浪の道行きとなっていた。
『どくろ杯』は、40年後に書かれたその旅の回想記であり、後に三部作として刊行された自伝の、最初の一冊である。
文学においても、私生活においても、完全に行き詰まった、『どくろ杯』の頃の金子光晴を取り巻く状況。当時を振り返って、「四十年近い時間を置いて、頭の冷えきった筈の今日でもなお、そのことを語るとなると、こころが寒々としてくる」と、金子光晴自身が、あとがきで書いている。
たしかに、『どくろ杯』で描かれている生活は、非常に辛く苦しげだ。いつでも金銭に困り、夫と息子を置き去りにして別の男の元に走った妻を連れ戻し、そして、彼女を引き留めるためにも、日本を離れなければならないと唐突に決意する。しかし、日本を離れたからと言って、事態が好転するわけもなく、あいかわらず続くのは呻吟ばかり。何かが狂っているとしか思えない勢いで、墜落していくようなその暮らしぶりを、金子光晴は、冷徹な視線と淡々とした文体で、書き綴っている。
本書の中で、特に際立って描かれているのが、1930年頃の上海の情景である。その雰囲気を象徴するエピソードが、本の題名にも選ばれた「どくろ杯」だ。骨董品として持ち込まれた、処女の頭蓋骨で作られたという、蒙古の酒器。それを見て、本気で贋作を試みる日本人の男。何もかもが破滅的でアナーキーな当時の上海とそこの住人たち。渾沌を極めた当時のその都市ならではの独特の空気を、金子光晴は「アナルシズムでできた町」と表現して、魅力的に活写しており、印象深い。

http://books.bitway.ne.jp/shop/mt-detail_B/trid-main/ccid-0502/cont_id-B0360500183.html


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

関連リンク