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試写 ::: 柔道龍虎房 [cinema]

生粋の香港映画である。なのに柔道。しかも、ちゃんと柔道をやる映画なのだ。それだけを聞いたら、ただのトンデモな映画なのだろう、としか思えない。日本でそう思われても、ちっとも不思議じゃない。実際、柔道を正しくよく知っている人が、もし、この映画を見たら、これは柔道の映画などではない、とすぐさま断定するかもしれない。でも、この映画について言えば、そこで描かれているのが正しい柔道であるかないかは、あまり重要ではないような気がする。なぜなら、この映画は、柔道を撮った映画についての、映画によって映画に捧げられた映画として、この上なく素晴らしい映画なのだから。

映画の冒頭、夜の野原に浮かび上がる香港の摩天楼。そして、その野原には、ひたすら変な歌を熱唱している、ジャージを着たヒゲ面の男が立っている。だけど、その歌は、どうも、日本語のようにも聞こえる。「♪さんすろぉぉぉ~さんすろおおおぉぉぉ~」それが「姿三四郎」の歌であると、わかる人ならたぶん、メロディーからもうわかるのだろう。でも、わたしは、「姿三四郎」という固有名詞は知っていても、柔道と関係があるらしい、程度の知識しかないし、黒沢明監督の「姿三四郎」も見ていない。この映画が「黒沢明に捧ぐ」というオマージュを明示しているのに。だけど、わたしは、その勉強不足をむしろうれしく思った。何しろ、「柔道龍虎房」を見てから、これから「姿三四郎」を見ることができるのだから!

オマージュを捧げている映画を見る意味とは、オマージュを捧げられた映画を、あらかじめ先に見ていて、ああなるほどな、と納得することだけではないはずだ。オマージュを捧げている映画を通じて、オマージュを捧げられた映画を知り、この映画が表敬している映画を、ぜひとも遡って見てみたい、と心から思わされること。それは幸福な遭遇の証拠だ。さらに、後になって、表敬された映画を見たときに、ああ、表敬している映画の方は面白かったのに、とガッカリさせられたのならば、それはそれで、この上ない褒め言葉だろう。そう、後から作られた映画が先に作られた映画を上回っていた、と悟る体験とは、オマージュを捧げる映画が、それ自体で、オマージュを捧げられた映画を乗り越えていくほどに至るまでに、研ぎ澄まされた敬愛の念を下敷きにして、新しい体験を切り開いていたことの証明に他ならないのだから。

そんなことを考えさせられてしまうくらいに、この「柔道龍虎房」という映画は美しい。その美しさは、最初に感じた、そこに漂うトンデモの香りを、やすやすと追い払ってしまう。何かがすでに終わっている、それでも、またそこから何かがはじまる、そのプロセスを、単にセンチメンタルに、あるいは、ポジティブに描くのではなくて、カラリとクールに撮っている。ふたりの男とひとりの女の子、三人の物語であるにも関わらず、ちっともベタベタした感触はない。彼らと彼女がすれ違ったほんのひととき。交錯して、そして、離れていく、それぞれの信じる道に向かって走っていく。比喩ではなく、本当に走っていく。その走る姿が、闇の中にただただ眩しくて。三人は何のために出会ったのか?木に引っかかった赤い風船を空へと解き放つために出会ったのではないのだろうか?香港の低い空に飛んでいく赤い風船を見つめる目。そのままその目に何も見えなくなるのだとしても。

でも、そうした美しいドラマを描き出すために必要だったのが、なぜか柔道だったというのは、やっぱりトンデモなくトンデモかも。地下室のバーや、真夜中の路上や、キッチュなゲームセンターやらを背景に展開される柔道(のような動き)大活劇。奇妙なシチュエーションにおかしな会話。思わずくすくすと笑い出しそうになる。そうしたネタに支えられながら、保たれる疾走感。心地良いテンション、アクション、サスペンス。片時も飽きる暇なんか、ない。そんな余裕を観る者に少しも与えてくれないのだ。だから、否応なしに、再生への物語の中に引きずり込まれる。ヒーローがヒーローに、ヒロインがヒロインになるために、自ら駆け出していくその背中を、見届けることになる。

トンデモに変な映画で、切なくて美しくて泣けてくる物語で、ちゃんと香港映画なアクションもあって。「柔道龍虎房」はそんな素晴らしいエンターテインメント映画だよ。嘘じゃないよ、本当だよ?

「柔道龍虎房」公式サイト
http://www.judo-ryukobo.com/
「泣いてもいいから前をみろ!」

cf. 「俺達、もう終わっちまったのかな」 「バカヤロウ、まだ始まってねぇよ」 from 「キッズ・リターン」

キッズ・リターン

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  • 出版社/メーカー: バンダイビジュアル
  • 発売日: 1999/06/25
  • メディア: DVD
 
 
 

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joanne

自分もこの映画=ジョニー・トーの作品が大好きで、日本版のDVDを持っています。

自分は以前は情報誌の編集長をしていましたが、あなたのように人を惹きつける、映画評は書けません。

素晴らしい感性ですね。
by joanne (2008-07-12 23:10) 

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